西陣織を制作する最初の工程に、撚糸があげられる。変化に 富んだ織物を織ったり、織物に独特の風合いを出すために、1本あるいは複数本の 糸に特別の撚(よ)りをかけることを撚糸という。
また、糸は撚りをかけられることによって、太さ・硬さ・摩擦強さ・伸長性など の、糸としての性質が変化し、物理的性質が向上する。これによって光沢・まるみ などの外観も変化し、織物にしたときの、完成品の光沢・風合いなどの外観に大き く影響するのである。
現在、西陣では、各種の織物に対応するために、撚糸機械も張撚(はりより)式撚 糸機、八丁式撚糸機などの伝統的な撚糸機械とイタリー式撚糸機、リング式撚糸機 などの明治以後に導入された機械があり、それぞれの特徴を生かした撚糸が行われ ている。

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撚 糸

 

〈張撚式撚糸機〉張撚 式撚糸機は、独楽(こま)撚りの独楽に代わって、錘(つむ)と呼ばれる、かぎ針 状に先を曲げた鉄芯に木管を付けたものを並べ、撚糸をベルトとして、下の元車に 接続する。
元車を回すと錘が回転して、錘の先に結び付けられている糸に撚りがかかる仕組み になっている。
張撚式の元車の動力は、元は足踏み式であったものだが、現在は電動モーターが用 いられている。
電動モーターの導入によって、錘の数量も増え、工場の長さも 35m以上となった。
一度、一方方向に下撚りされた糸を、必要本数、同じ錘にかけ、反対方向に上撚り をかけて、大枠に巻き取り綛に仕上げる。
現在では、西陣地区でも少なくなった張撚式の撚糸だが、かつては袱紗などの綴織 (つづれおり)に使われていた。


 

〈八丁式撚糸機〉八丁 式撚糸機は、明治中期まで西陣の撚糸の中心的存在として活躍した。天明3年 (1783)、桐生の岩瀬吉兵衛の発明とされる伝統的な撚糸工法で、西陣の撚り車 を見てその改良を思いつき、動力源に水車を使って完成させた。
八丁式撚糸機は、木管に20本から30本の錘を横に並べ、元車から1本の綿糸をベ ルトにして、錘の一つひとつに動力が伝わり、回転する仕組みになっている。撚糸 される生糸は、十分に湿度が加えられ、合糸(ごうし)が行われたあと、撚糸機に かけられる。撚糸機は、錘の回転と、送り出される糸の量の差によって、必要な撚 りがかかった撚糸が得られるのである。
この撚糸機では、1m間、100回前後の片撚りで撚られる帯の経糸や、1m間、 200回前後で撚られる御召の経糸、また美しい光沢がもとめられるネクタイの織り 糸などを生産する。


 

〈イタリー式撚糸機〉 明治6年(1873)、ウィーンで開かれた博覧会に出品されたイタリー式撚糸機 が、日ならずしてわが国に輸入され、西陣にも導入され、今日に至っている。
スピンドルに差し込まれた高速回転するボビンから、糸を上の方に巻き取る仕組み になっていて、ボビンの回転と、巻き取りのスピードの差によって加撚される。外 歯はベルト式で、スピンドルを回転させ、撚糸機械は上下2段に分かれていて、上 の段で上撚りを、下の段で下撚りをかけることができる機種もある。
イタリー式撚糸機は少品種・大量生産には最適の機種であるが、多品種・少量生産 で付加価値の高い製品を得意とする西陣織にはなじまず、今日では経糸用の撚糸を 生産するにとどまっている。


 

〈リング式撚糸機〉明 治末期、日露戦争後の高級絹織物の量産気運とともに輸入、導入されたリング式撚 糸機は、西陣地区で、現在最も多く普及し活躍している。多品種・少量生産で付加 価値の高い西陣織にとって、大変適した撚糸機種であり、イタリー式撚糸機にとっ て代わったのである。
ソーキングされた綛状の生糸は、糸繰り機にかけられ、木枠またはボビンに巻き取 られ、合糸が行われる。撚糸機にかけられた生糸は、給糸ローラーから送り出さ 、リングの周囲を高速で回転するトラベラによって加撚される。加撚された糸はス ピンドルとトラベラの回転数の差によって、スピンドルに差し込まれた木管に巻き 取られていく。
こうして、一方方向に下撚りがかけられた糸を、2本以上合わせて逆方向に撚りを かけることによって、必要な撚糸が得られるのである。