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エッセイ

お勧めの一冊は「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」

07.08.31


 

最近、書評を頼りに読んだ本で人に勧めたくなったのが「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」(ウェンディ・ムーア著、河出書房新社刊)。題名の「解剖医」と「数奇」の組み合わせから猟奇小説の類かと思ったのだが、18世紀ロンドンで解剖学、外科、博物学、生物学ほか当時ではすべて未踏のジャンルをまたいで素晴らしい足跡を残しながらその業績が封印されてきた巨人の数奇な運命を辿った本だった。なにしろ、このハンター博士はダーウィンの「種の起源」より70年も前に進化論を見出していた。
 当時の欧州では体液の均衡が崩れることで体の不調が生じるとされ、治療法はもっぱら瀉血、嘔吐、浣腸の3つ。今も散髪屋で廻るらせん状のサインは、理髪店が外科医を兼ねて瀉血治療を行っていた名残りという。また、絶え間のなかった戦争での死亡者の8割は被弾ではなく、その治療によって入る細菌感染によってであったという。こんな時代にハンター博士は、これらの治療法は百害あって一利なしと見抜き、早くも科学治療の方向を目指す。その確信(革新的考え)の基をなしたのは、夥しい解剖を通してのものだった。死の間際までメスを離すことはなかった博士は、解剖のための人体は墓堀人などの闇ルートから“仕入れ”、同様に大航海時代で世界中から畸形種の動植物・病原体がもたらされると、誰よりも早く入手に動いた。そのために多額の資金を要し、高名となって安定した収入の道がついても、標本作りのための借金は付いて回った。その博士の少年時代は「読書や作文はほとんどやらず、地理は統計学と同様に馬鹿らしく、哲学と科学は無味乾燥」と言うように徹底した勉強嫌いで、13歳で学校を辞め、野山を駆け回る暮らし。甘やかされて育ったので気まぐれで頑固、人の言うことは聞かないという曲がった性格で、親戚一堂が将来を危惧したほどの人だったという。

 
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