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エッセイ

「わたしの祇園祭」その1 08.07.04

 ご無沙汰しております。前回からなんと一年も経ち・・、ほんとに申し訳ありません。今後ともよろしくお願いいたします。

 さて祇園祭のころは京都の中京・下京界隈に生まれ育った者にとっては一年中でもっとも心が浮き立つ季節です。そのスタートは7月1日吉符入り(きっぷいり:神事始めの意味を持つ)。一ヶ月にも及ぶ長丁場のお祭の始まりですが、わたしにとっては紫陽花の美しい今頃から祇園祭がもう始まっています。

  例年6月15日過ぎに鉾町の室町通や新町通で、鉾が動くときに引っ掛からないようにと、電柱に黄色のネットが掛けられます。それを見ただけで、わたしの頭の中に条件反射のごとくに建ち上がった鉾の動くさまが現れ、梅雨空に祇園囃子のコンチキチンの音色が響くのです。

  次いで6月30日夕刻四条烏丸交差点の歩道に建てられる長刀鉾町や函谷鉾町の門柱・・。夏の宵に浮かび上がる提灯に明日から始まるお祭本番への期待に鳥肌が立ちます。吉符入りが済むとあとは毎日が祇園祭!夜な夜な犬の散歩に、というより近所の鉾のお囃子を聴くために出かけます。何しろ生まれる前から聞いているコンチキチン。幼いころからの宵山の楽しさが脳に刻まれているからなのでしょう。とても家にじっとはしていられません。この京都人の土着の誇りこそが祇園祭を千年以上(祇園祭の起源は貞観11年−西暦869年京の都に疫病が流行した時その退散を願って始められた)ものあいだ継続している原動力でしょうか。「神事これなくとも鉾渡したし」・・応仁の乱に前後して盛んになった町衆のエネルギーが祇園会を支えたことを象徴することばです。

 今、山や鉾の数の最も多い(山鉾32基中13基ある)明倫学区(旧明倫小学校区)において人口の増加が目立ちます。これまで減少の一途をたどり、歴史ある小学校も次々に統廃合されましたが、今や1995年に600世帯1400人であった人口は、10年後の2005年、1500世帯2800人を越え、現在も増え続けています。
 皮肉にも室町呉服業界の衰退によるマンションの増加、人々の都心回帰によって、祇園祭の原体験を持つべき子供の数が増えています。未来の祇園祭の担い手のよろこぶべき増加です。京の三大祭といっても葵祭や時代祭とは違う祇園祭を支える町衆の心意気が子供達に継承され、さらに次の千年生き続けてほしいと願うばかりです。

          梅雨空に低く流るる囃子かな
 
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