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エッセイ

京舞ときもの 06.11.07

 十月一日〜六日京都・祇園甲部歌舞練場において、京舞井上流四世井上八千代三回忌追善京舞の会が開かれました。私は六日に拝見しましたが、おりしもその日は中秋の名月。会場はさすがに着物通の方ばかり!月をモチーフとした帯を多く見ることができました。
 月といえば、中秋の名月は十五夜ですが、翌日の陰暦十六日の月は十六夜の月と呼びます。この夜の月は十五夜より五十分ほど遅れて東の空に出るので 「いざよう」(ためらうの古語)ところから、十六夜(いざよい)というのです。さらに十七日は、立って月の出を待つ、立ち待ちの月。十八日は、座って待っていると出るという、居待ちの月。十九日は、臥し待ちの月・・月の出が遅いので、寝て待つ、の意味です。    
  日本では、明治六年(1873)太陽暦が採用されるまでは、中国から伝わった太陰暦を用いていました。電気のなかった昔、平安の人々にとって真っ暗な空に光り輝く月はどんなに嬉しく素晴しい存在であったことでしょう。夜毎の月にそれぞれ名前をつけたくらいですものね。
  銀閣寺裏山は月待山(つきまちやま)と呼びます。足利義政は銀閣寺向月台から月待山に出る月を眺めつつ和歌を詠んだのでしょうか。もうひとつ。嵐山渡月橋の名は、鎌倉時代、亀山上皇が、月の明るい夜、川上から橋の上を移動する月を見て「くまなき月の渡るに似る」(月が橋の上を渡って行くように見える)と感想をもらされたことに由来しているとか。どれもとってもロマンチックな響きです。

 あれあれ月の魔力のせいでなんだか話が横道にそれました・・。

 きものは、このように歴史と自然と文化がリンクして極上のお酒を醸成したような稀有な都市、京都で今も息づいています。美しいほんものの満月と、もっと美しい月を表現したきものを同時に鑑賞するという贅沢で洗練された感性を、味わい、愉しむことのできる空間が「京舞」の客席であったのは、偶然の産物ではないですよね。京舞を賞でる人たちは、きっときものに対する目利きの京都人(京都を愛する人たちという意味です)なのでしょう。
  私もこんなふうにきものを楽しめる年頃になってきたのかなあって思うこの頃です。

私の娘は六才のとき京舞を始め、現在二十才。今年名取になり井上姓を許されました。今回のお追善の会受付をお手伝いさせていただきました。名取のお友達と一緒に。向って左よりM.Y.さん、T.N.さん、娘のK、F.O.さん。きものは名取に許された椿の柄の黒紋付と井菱の帯。

公演終了後、、歌舞練場の玄関で芸妓さんや舞妓さんたちが観客をお見送りしていました。芸妓さんの衣装は演目「夕顔」のもの。
 
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