日本での織物の歴史は古く、機織技術の伝承は「日本書紀」の記述から求めることができます。大和朝廷(応神朝・雄略朝)の時代に古代中国(華南の呉の国)より伝えられました(五世紀頃)。機織技術の伝来は日本の織物に大きな影響を与えたことは言うまでもなく、今日の高級織物隆盛の基礎的な役割を果たしたことも事実であると思います。応神天皇の時代、阿知使王(あちのおみ)が呉の国より連れ帰ったという機織を穴織(あなはとり)といい、伝説上に記載されています。又、雄略天皇の時代には身狭村主青(むさのすぐりあお)も織女を連れて来た記述があります。以後、機を織る呉の織女を呉織(くれはとり)とか漢織(あやはとり)と申します。技術指導は絹や綾織物で日本最古の衣縫部(きぬぬいべ)の祖となりました。
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