わたしの育った家では、曾祖母が和裁をたしなんでいました。母は三姉妹で、3人の嫁入り支度は全て曾祖母が仕立てたのだそうです。だから、こうして今、わたしが受け継いで着ているたくさんのきものや帯は、曾祖母の手によるものです。曾祖母、祖母、母、伯母、叔母5人の女性の所有していたきものが、共通して一人の女性の手で仕立てられたということが嬉しく、これが家族のつながりなのだなあとしみじみと感じます。
母の世代はきものを全く着ないので、わたしには存命中の曾祖母がきものを仕立てていたという記憶はほとんどありません。それでも縫い物をよくしていたなあというおぼろげな思い出は浮かんできます。じわじわと思い出すのは、曾祖母の部屋には衣桁が広げてあって普段の洗濯物などを掛けていたこと、部屋の隅にお針箱とくけ台があったこと、陽だまりのなかで背中を丸めて針仕事をしていたことなど。断片的で本当に小さな記憶ばかりだけれど、きものを着るようになった今、やっと、あれは衣桁と呼ぶのか、あれはくけ台だったのかと分かるようになったわけで、亡くなって随分経ちますが、きものが曾祖母との思い出を一つ一つ結び直してくれているかのようにも感じます。 |
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長年探してようやく気に入ったものを見つけ、昨年購入した衣桁です。もちろん、原点は曾祖母の部屋にあった衣桁の記憶。骨董屋さんによくあるものは、漆などがはげていて日常使いに向かないものばかり。これは桑の木の無垢で、サイズも使いやすく本当に重宝しています。 |
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